Japan golden eagle paper inuwashi gift

イヌワシが舞う群馬県赤谷の森を未来に残す

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豊かな森の恵みから生まれたギフトペーパー

イヌワシの 狩り場を奪ったのは誰か

2メートルにもなる翼を広げ、時速200kmにもなるスピードで⾃由⾃在に空 を翔ることから「⾵の精」とも呼ばれるイヌワシ。今、このニホンイヌワ シが絶滅の危機に晒されている背景にあるのは、⽇本⼈の森林との関わり ⽅の変化です。

絶滅が危惧される⽇本のイヌワシ

⽇本に⽣息するニホンイヌワシ(以下、イヌワシ)は世界的に⾒ても珍しい特性があると⾔ われています。⼀般的なイヌワシは、広く北半球の⾼緯度地域、特に草原地帯や低灌⽊地帯が 広がる開けた⾃然環境を⽣息地とします。そもそも国⼟の7割を森林が占める⽇本にイヌワシ が⽣息しているということ⾃体が珍しく、世界で⼀番⼩型のイヌワシである点や、つがいで協 ⼒しながら狩りをする点などは、イヌワシが⽇本の⾃然環境に適応して⾝に付けた独⾃の習性 です。 

つがいで暮らすイヌワシが縄張りとする範囲は、マンハッタンと同じくらいの⾯積(⼭⼿線 の内側の1.6倍)、約60㎢。そこには、⼀つがいのみが暮らします。イヌワシの繁殖時期は真 冬の2⽉。冬の寒い時期に卵を産み、3⽉下旬の餌が取りやすくなる春に卵を孵化させます。ヒ ナが巣⽴つ6⽉頃まで、親⿃は餌集めのためにせっせと空を⾶び回ります。最⼤の武器である ⽖と、⼈間の8倍とも⾔われる視⼒を活かして、上空から森林地帯にいるノウサギやヤマド リ、⼤型のヘビなどの獲物を⾒つけると急降下し、獲物を捕まえます。普段はつがいで協⼒す るイヌワシも、メスが卵を温めている間とヒナを温めている間は、雄が⼀⽻で、メスはヒナの 分まで獲物を取らなければなりません。⼈間にとっても、⼦育ては⼀筋縄にはいきませんが、 イヌワシにとってもそれは簡単なことではないのです。 

「⽇本には約200つがい⽣息していると⾔われており、個体としては500⽻程度であろうと 推定されていますが、残念ながら⼦育てをする頻度、繁殖成功率が低下し続けています。かつ てイヌワシが⽣息していた約300箇所の場所のうち、すでに約1/3、90箇所以上ではイヌワシ が⾒られなくなってしまいました。絶滅危惧種にも指定され、将来⽇本からいなくなってしま うのではないかと懸念されています」。 

こう話すのは公益財団法⼈⽇本⾃然保護協会(以下、⽇本⾃然保護協会)⾃然保護部の出島 誠⼀さん。 

この背景の⼀つには、イヌワシの狩場の減少に起因する餌不⾜があります。⼀般的なイヌワ シの⽣息地を⾒ても分かる通り、イヌワシが狩りをするに適しているのは、視界が開けた⾶⾏ しやすい草地。しかし、かつてイヌワシが⽣息した森林地帯さえ、そういった狩場がなくなっ てしまいました。その原因はどこにあるのでしょうか。 

⽇本⼈の森林との関わり合いの変化

イヌワシにとって、狩りをしやすい場所が減った原因には、⽇本の森に⼈間の⼿が加わらな くなったことがあると出島さんは考えます。 

「⽇本の多くの森に⾔えることですが、現在⽇本には管理の⾏き届いていない⼈⼯林が増え ています。戦後1960年代頃、国内の⽊材需要が⾮常に⾼まっている時に、スギやヒノキとい う⽐較的成⻑が早い⽊をたくさん機械的に植林する拡⼤造林政策が⽇本各地で進みました。し かし、予想に反し、あっという間に需要は輸⼊材へと移り、当時植えられたスギやヒノキが 40年、50年経って、現在⼭にたくさん残っている状況です。スギなどが植えられた⼈⼯林は密 度⾼く植林するため、翼を広げると2メートルにもなるイヌワシは林内に降りて獲物を捕まえ ることができません。獲物を捕る場所が減少することで、ヒナに与える餌の量が不⾜し、結果 として繁殖率が低下してしまうのです」。 

ある専⾨家は、そういった⽇本の森を”forest (森)”ではなく、”tree farm (⽊の畑)”だと呼びま す。⾃然林の中では様々な⽊が共存し、弱い⽊が⾃然に淘汰されます。動植物を問わず、⼀定の種にとって住みやすい偏った環境ではなく、様々な種が調和しながら共存する環境であることが、本来の⾃然環境と⾔えるでしょう。しかし、⼈⼯林は⼈⼯的に⽊を植え、⼈間が作り上 げたもので、そういった森に本来の⾃然環境を取り戻すには、⼈の⼿を加えなければならない と⾔います。 

「豊かな森を未来に残すために、⼈の⼿を⼊れることが必要な場所もあります。⼿⼊れがさ れずに放ったらかしになった⼈⼯林の森は、密度が⾼く植林されたまま、森に太陽光が⼊らな い。そうすると、⽊の下に草が⽣えず、森で暮らす草を⾷べる⽣き物の⾷べるものがなくなっ てしまいます」。 

さらに、私たち⼈間の⽣活や産業の変化も、イヌワシが暮らしにくい森を作ってしまってい ます。 

「戦後に植えた⼈⼯林は、安価な輸⼊材の影響によって、⽊材価格が当初想定していたより も下がってしまいました。広葉樹材は、かつて燃料として広く使われていましたが、それもプ ロパンガスや⽯油に変わったことで価格が低下して、結局、森林は価値がないものとして⼿を 加えられずに⼭の中に残ってしまっているという状況があります。⼀⽅で⽇本には⼈⼯林がた くさんあるにもかかわらず、残念ながらそれを使わずに、1964年に⽊材輸⼊の⾃由化の流れも あり、海外から⼤量の安い⽊材を輸⼊している状況があります。今、⽇本の⽊材⾃給率は2016年で35%という状況です」。 

このような変化により、1890年代には50%以上あったイヌワシの繁殖率は、現在2割以下に 落ち込んでしまいました。今後、⽇本でイヌワシが⽣息し続けていくためには、⼀つひとつの森の状態を⾒極め、その森に合った管理の⽅法で、時には⼈間の⼿を加えながら⼈⼯林を適正 に管理することが不可⽋なのです。 

昔からイヌワシが暮らす、群⾺県みなかみ町の国有林「⾚⾕の森」では、イヌワシの舞う森 を未来へ残すためにあるプロジェクトが発⾜しました。 

豊かな⾚⾕ の森の象徴 

個体数が減少し、絶滅が危惧されるイヌワシの舞う⾚⾕の森を未来へ残す ため、群⾺県みなかみ町で⽣物多様性の復元と持続的な地域づくりを⽬指 す「⾚⾕プロジェクト」が発⾜しました。 

失われていたかもしれない⾃然豊かな⾚⾕の森 

「もしかしたら失われていたかもしれない⾃然豊かな森」と⾔われる⾚⾕の森は、群⾺県み なかみ町北部、群⾺県と新潟県の県境に広がる約1万ヘクタール(10km四⽅)の国有林です。 この森には、絶滅危惧に瀕しているイヌワシやクマタカを始め、ツキノワグマやニホンカモシ カなどたくさんの動植物、ひいては本州にいる哺乳類のほとんど全てが⽣息しています。 

1980年代、この⾚⾕の森にダムの建設計画とスキー場の開発計画が持ち上がりました。60 年前に降った⾬が湧き出ると⾔われるこの地の温泉と上⽔道に影響が出ることを⼼配した地元 住⺠は、公益財団法⼈⽇本⾃然保護協会(以下、⽇本⾃然保護協会)に協⼒を要請します。10 年間に及ぶ運動の成果もあり、2000年に2つの開発計画は⽩紙に戻ります。 

この運動が始まった頃、地元の⼈々と「イヌワシ」のストーリーも始まりました。⾚⾕の森 にイヌワシが⽣息することが確認されたのです。イヌワシは、森林⽣態系において⾷物連鎖の 頂点に⽴つ「アンブレラ種」、いわゆる⾷物ピラミッドの最上層に位置づけられるため、イヌ ワシがいる森にはその餌となる下層の種も多く⽣息する豊かな⽣態系があると考えられます。 そのため、イヌワシは豊かな森の象徴と⾔われ、イヌワシが暮らせる森を保護することは、⼈ にとっても豊かな恵みがある森を保護することに繋がると考えられています。 

2004年、戦後の拡⼤造林時代に⽇本の他の森と同じくスギやカラマツなどを植林し⼈⼯林 が増えた⾚⾕の森を整備しながら、絶滅の危惧に瀕しているイヌワシが⼦育てをすることがで きる豊かな森に戻す「⾚⾕プロジェクト」が発⾜されました。 

「⾚⾕プロジェクトは、⾃然保護団体である我々、⽇本⾃然保護協会に加え、地元協議会と 国有林管理者である林野庁、⽴場の異なる三者が協働する全国でも珍しい取り組み」と話すの は、⽇本⾃然保護協会⾃然保護部の職員、出島誠⼀さん。 

⾚⾕プロジェクトでは、⾚⾕の森を多様な動植物の⽣息する豊かな森にするために、様々な 活動を⾏なっています。その⼀つが、拡⼤造林の時代に増やしすぎたスギやカラマツの⼈⼯林 を多様な動植物を育む⾃然の森に戻していくこと。新潟との県境で⼭の奥深くに位置する⾚⾕ の森は、ブナやミズナラなど⼤⽊になる落葉樹を含む、まだ⼈⼿が⼊ってないような原⽣的な 森が部分的に残る森です。

森の3割ほどが⼈⼯林である⾚⾕の森でも、かつて植えた⼈⼯林を⽊材として使おうとして も、安い⽊材が海外から輸⼊されている今、労働⼒とコストをかけて森から⽊を切り出しても 価格が⾒合わないと⾔います。そういった価値が下がり、⽣態系維持の障壁となっている⼈⼯ 林で、計画的に間伐・皆伐を⾏いながら、元の森の姿に戻していくことを⽬標としています。 ⼆つ⽬は、⽼朽化した治⼭ダムを撤去して、⾃然の川の流れを取り戻すこと。三つ⽬が、⼀年 を通して昔から⾚⾕の森に住む⼀つがいのイヌワシの⽣息環境を向上するための活動です。 

⾚⾕プロジェクトでは、出島さんが現地でのコーディネートに勤め、実際にスギの⽊を切っ た効果はイヌワシにとってどういう影響を与えているのかというのをモニタリングするため に、週3回は⾚⾕の調査も実施しています。 

「⾚⾕プロジェクトの⼀つ⽬のゴールは、⽣物多様性の復元です。作りすぎた⼈⼯森を⾃然 に戻していくことが、森に暮らす⽣き物たちにどうような良い影響をもたらすことができるか を調査しています。⼆つ⽬のゴールである持続的な地域づくりに関しては、ここにある豊かな 森が、広くその地域の暮らしや産業にうまく結びつくような活動を進めています」。 

イヌワシの狩場を作るために人工林を伐採する

⽇本⾃然保護協会は地元みなかみの⽅々とともに、⾚⾕プロジェクトが発⾜する前から、 20年間ほどこの⾚⾕の森に住むイヌワシをモニタリングしてきました。スギの⼈⼯林という のは、冬になっても葉が落ちないので、上空から獲物を探すイヌワシにとって狩りが⾏えませ ん。そのため、それらの⼈⼯林を伐採して、イヌワシが狩りをしやすい環境、暮らしやすい森 を作っていく取り組みを始めました。 

「2015年の秋に、第⼀次試験地として、約2ヘクタールのスギ林を伐採して、イヌワシの狩 場を作ったところ、その⼀年後には伐採地周辺にイヌワシが来る頻度は6割(1.7倍)アップし ました。2017年には、新たに第⼆次試験地として別に約1ヘクタールのスギ林を伐採して狩場 を作りました。この場所にイヌワシが出現する頻度は2年連続で⾼い状況が続いていて、狩場 の周辺でイヌワシが獲物を探す⾏動が何度も観測できるようになりました。このようにスギの ⼈⼯林を皆伐することで、イヌワシが狩りをしやすい、住みやすい環境を作るための⼀つの具 体的な⽅法として有効ではないかというデータが取れてきました」。 

出島さんらの弛まぬ努⼒にイヌワシが応えてくれたのか、2016年、7年ぶりに⾚⾕の森でイ ヌワシのヒナが巣⽴ちました。 

「⾚⾕の森のイヌワシというのは2009年以降、6年間ずっと⼦育てに成功することがなかっ たのですが、2016年、7年ぶりに⼦育てに成功し、ヒナが巣⽴ちました。驚くことに2017年に は、2年連続して⾚⾕の森のイヌワシが⼦育てに成功するという嬉しいニュースがありました。我々の取り組みが、少なくともイヌワシの⽣息環境に対してプラスの効果があるというこ とが⾔えると思います。イヌワシも汲み取って繁殖に成功してくれたのかなとみんなで話して いるところです」。 

イヌワシの繁殖成功率が低下しているのは、⾚⾕の森だけではありません。そういった場所 で出島さんらが取り組む⾚⾕プロジェクトを参考にしながら、各地のイヌワシの⽣息環境を変 えていかなければ、近い将来イヌワシが⽇本の森からいなくなってしまうことが危惧される状 況にあると出島さんは話します。 

「近い将来、イヌワシがこの森、⽇本の森からいなくなるということが何を意味しているの かといえば、イヌワシが豊かな⾃然の象徴的な⽣き物であるからこそ、⽇本の⾃然環境全体の 状況が悪化していることが危惧されます。また、調査をしてきて感じていますが、イヌワシは とても美しく、魅⼒的な⿃です。こういう⽣き物が我々の暮らしている国⼟に⽣息しているこ と⾃体がとても誇らしいことです。⼼の豊かさ、じゃないですが、そういった⾯でもイヌワシ が⽇本の森から消えてしまうことはとても悲しいことです。この⾚⾕の森でやっている取り組 みを⾚⾕の森で続けていくこともとても⼤切ですが、発信していくことも同じくらい⼤事なこ とだと思っています」。 

⾚⾕の森のイヌワシは、昔から⽣息し続けてきたことが分かっています。この森が、この先 もイヌワシが⼦育てをしながら⽣息できる森であり続けるために、そしてこのイヌワシの舞う 森を未来に引き継ぐために、出島さんは地元の⼩学⽣がイヌワシについて学ぶ機会を提供して います。 

「2016年に⽣まれたヒナには『キズナ』、2017年に⽣まれたヒナには『きぼう』と、それ ぞれ地元の⼩学⽣が名前をつけてくれました。⼦どもたちは⾃分たちの暮らす裏の⼭、森の中 にイヌワシがいるということをとても誇らしいと思ってくれています。⼦ども達にイヌワシの ⼤切さ、守り⽅も引き継ぐことで、イヌワシが⽣息し続ける⾚⾕の森を未来へ残せるのではな いかと思っています。」 

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