
イヌワシプロジェクト後編:豊かな赤谷の森の象徴

個体数が減少し、絶滅が危惧されるイヌワシの舞う⾚⾕の森を未来へ残すため、群⾺県みなかみ町で⽣物多様性の復元と持続的な地域づくりを⽬指す「⾚⾕プロジェクト」が発⾜しました。
失われていたかもしれない⾃然豊かな⾚⾕の森
「もしかしたら失われていたかもしれない⾃然豊かな森」と⾔われる⾚⾕の森は、群⾺県みなかみ町北部、群⾺県と新潟県の県境に広がる約1万ヘクタール(10km四⽅)の国有林です。この森には、絶滅危惧に瀕しているイヌワシやクマタカを始め、ツキノワグマやニホンカモシカなどたくさんの動植物、ひいては本州にいる哺乳類のほとんど全てが⽣息しています。
1980年代、この⾚⾕の森にダムの建設計画とスキー場の開発計画が持ち上がりました。60年前に降った⾬が湧き出ると⾔われるこの地の温泉と上⽔道に影響が出ることを⼼配した地元住⺠は、公益財団法⼈⽇本⾃然保護協会(以下、⽇本⾃然保護協会)に協⼒を要請します。10年間に及ぶ運動の成果もあり、2000年に2つの開発計画は⽩紙に戻ります。
この運動が始まった頃、地元の⼈々と「イヌワシ」のストーリーも始まりました。⾚⾕の森にイヌワシが⽣息することが確認されたのです。イヌワシは、森林⽣態系において⾷物連鎖の頂点に⽴つ「アンブレラ種」、いわゆる⾷物ピラミッドの最上層に位置づけられるため、イヌワシがいる森にはその餌となる下層の種も多く⽣息する豊かな⽣態系があると考えられます。そのため、イヌワシは豊かな森の象徴と⾔われ、イヌワシが暮らせる森を保護することは、⼈にとっても豊かな恵みがある森を保護することに繋がると考えられています。
2004年、戦後の拡⼤造林時代に⽇本の他の森と同じくスギやカラマツなどを植林し⼈⼯林が増えた⾚⾕の森を整備しながら、絶滅の危惧に瀕しているイヌワシが⼦育てをすることができる豊かな森に戻す「⾚⾕プロジェクト」が発⾜されました。
「⾚⾕プロジェクトは、⾃然保護団体である我々、⽇本⾃然保護協会に加え、地元協議会と国有林管理者である林野庁、⽴場の異なる三者が協働する全国でも珍しい取り組み」と話すのは、⽇本⾃然保護協会⾃然保護部の職員、出島誠⼀さん。
⾚⾕プロジェクトでは、⾚⾕の森を多様な動植物の⽣息する豊かな森にするために、様々な活動を⾏なっています。その⼀つが、拡⼤造林の時代に増やしすぎたスギやカラマツの⼈⼯林を多様な動植物を育む⾃然の森に戻していくこと。新潟との県境で⼭の奥深くに位置する⾚⾕の森は、ブナやミズナラなど⼤⽊になる落葉樹を含む、まだ⼈⼿が⼊ってないような原⽣的な森が部分的に残る森です。
森の3割ほどが⼈⼯林である⾚⾕の森でも、かつて植えた⼈⼯林を⽊材として使おうとしても、安い⽊材が海外から輸⼊されている今、労働⼒とコストをかけて森から⽊を切り出しても価格が⾒合わないと⾔います。そういった価値が下がり、⽣態系維持の障壁となっている⼈⼯林で、計画的に間伐・皆伐を⾏いながら、元の森の姿に戻していくことを⽬標としています。⼆つ⽬は、⽼朽化した治⼭ダムを撤去して、⾃然の川の流れを取り戻すこと。三つ⽬が、⼀年を通して昔から⾚⾕の森に住む⼀つがいのイヌワシの⽣息環境を向上するための活動です。
⾚⾕プロジェクトでは、出島さんが現地でのコーディネートに勤め、実際にスギの⽊を切った効果はイヌワシにとってどういう影響を与えているのかというのをモニタリングするために、週3回は⾚⾕の調査も実施しています。
「⾚⾕プロジェクトの⼀つ⽬のゴールは、⽣物多様性の復元です。作りすぎた⼈⼯森を⾃然に戻していくことが、森に暮らす⽣き物たちにどうような良い影響をもたらすことができるかを調査しています。⼆つ⽬のゴールである持続的な地域づくりに関しては、ここにある豊かな森が、広くその地域の暮らしや産業にうまく結びつくような活動を進めています」。
イヌワシを守るために森を切る:ハンティングできない⼈⼯林をハンティングできる場所 に
⽇本⾃然保護協会は地元みなかみの⽅々とともに、⾚⾕プロジェクトが発⾜する前から、20年間ほどこの⾚⾕の森に住むイヌワシをモニタリングしてきました。スギの⼈⼯林というのは、冬になっても葉が落ちないので、上空から獲物を探すイヌワシにとって狩りが⾏えません。そのため、それらの⼈⼯林を伐採して、イヌワシが狩りをしやすい環境、暮らしやすい森を作っていく取り組みを始めました。
「2015年の秋に、第⼀次試験地として、約2ヘクタールのスギ林を伐採して、イヌワシの狩場を作ったところ、その⼀年後には伐採地周辺にイヌワシが来る頻度は6割(1.7倍)アップしました。2017年には、新たに第⼆次試験地として別に約1ヘクタールのスギ林を伐採して狩場を作りました。この場所にイヌワシが出現する頻度は2年連続で⾼い状況が続いていて、狩場の周辺でイヌワシが獲物を探す⾏動が何度も観測できるようになりました。このようにスギの⼈⼯林を皆伐することで、イヌワシが狩りをしやすい、住みやすい環境を作るための⼀つの具体的な⽅法として有効ではないかというデータが取れてきました」。
出島さんらの弛まぬ努⼒にイヌワシが応えてくれたのか、2016年、7年ぶりに⾚⾕の森でイヌワシのヒナが巣⽴ちました。
「⾚⾕の森のイヌワシというのは2009年以降、6年間ずっと⼦育てに成功することがなかったのですが、2016年、7年ぶりに⼦育てに成功し、ヒナが巣⽴ちました。驚くことに2017年には、2年連続して⾚⾕の森のイヌワシが⼦育てに成功するという嬉しいニュースがありました。我々の取り組みが、少なくともイヌワシの⽣息環境に対してプラスの効果があるということが⾔えると思います。イヌワシも汲み取って繁殖に成功してくれたのかなとみんなで話しているところです」。
イヌワシの繁殖成功率が低下しているのは、⾚⾕の森だけではありません。そういった場所で出島さんらが取り組む⾚⾕プロジェクトを参考にしながら、各地のイヌワシの⽣息環境を変えていかなければ、近い将来イヌワシが⽇本の森からいなくなってしまうことが危惧される状況にあると出島さんは話します。
「近い将来、イヌワシがこの森、⽇本の森からいなくなるということが何を意味しているのかといえば、イヌワシが豊かな⾃然の象徴的な⽣き物であるからこそ、⽇本の⾃然環境全体の状況が悪化していることが危惧されます。また、調査をしてきて感じていますが、イヌワシはとても美しく、魅⼒的な⿃です。こういう⽣き物が我々の暮らしている国⼟に⽣息していること⾃体がとても誇らしいことです。⼼の豊かさ、じゃないですが、そういった⾯でもイヌワシが⽇本の森から消えてしまうことはとても悲しいことです。この⾚⾕の森でやっている取り組みを⾚⾕の森で続けていくこともとても⼤切ですが、発信していくことも同じくらい⼤事なことだと思っています」。
⾚⾕の森のイヌワシは、昔から⽣息し続けてきたことが分かっています。この森が、この先もイヌワシが⼦育てをしながら⽣息できる森であり続けるために、そしてこのイヌワシの舞う森を未来に引き継ぐために、出島さんは地元の⼩学⽣がイヌワシについて学ぶ機会を提供して います。
「2016年に⽣まれたヒナには『キズナ』、2017年に⽣まれたヒナには『きぼう』と、それぞれ地元の⼩学⽣が名前をつけてくれました。⼦どもたちは⾃分たちの暮らす裏の⼭、森の中にイヌワシがいるということをとても誇らしいと思ってくれています。⼦ども達にイヌワシの⼤切さ、守り⽅も引き継ぐことで、イヌワシが⽣息し続ける⾚⾕の森を未来へ残せるのではないかと思っています。
動画「Lush Times #1 イヌワシの舞う赤谷の森を未来へ残す」はこちらから
2018年2月

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